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もっとカジュアルに

クラシック業界では集客の減少が大問題です!

理由は、人口減少など様々でしょうが、
個人的には演奏会の敷居の高さが問題だと感じています。

例えば大学で問題になっている2018年問題をご存知でしょうか?
2018年まで横ばいだった18歳人口(約120万人)が、これから
減少していき、2031年には約100万人を割り込むという予想がされています。
結果として大学は入学希望者の減少をまねき国公立大学でも統合や閉鎖が
余儀なくされるらしい。
実際、現在でも受験者全入の学校も珍しく無いのは、みなさんご存知の通りです。

話をもどします。

あまりクラシックの演奏会に足を運んだことの無い友人にお誘いをすると、
ちゃんとした格好(ドレスコード)で行かないといけないんだよね?
と聞かれる事がよくあります。

特にオペラでは、こういうやりとりが多いかもしれません。

ちなみに僕自身は演奏会に行く時に限らずいつもカジュアルです。

そして誘った友人の半分位の方々が終演後に

「堅苦しくて、しんどかった」との感想。

なるほど、馴染みのない人にとっては、そういうものなんだなあ、
と思う事が最近多いように思います。

てなわけで、もっとカジュアルに演奏会場に足を運んでもらう方法を模索中です。

演奏家は決してレヴェルを下げてはいけませんが、お客様に聞いていただいて
なんぼのものです。

普段、演奏会に足を運んで頂いている方々も、もう少し気軽な雰囲気を醸し出して
もらえると一見さんも来やすくなると思のですが、、、、

まずは、もっとカジュアルに!
演奏会に足を運んで下さい。

クラシックだって娯楽であることをお忘れなく。

注)娯楽  心を慰め、楽しむこと。また、そのような物事、笑い、喜ぶような楽しみ(大辞林より)

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レンズ交換はスコアを読むことに似ている

毎日写真を撮っていて思う事。

それはレンズ交換はスコアを読む事に似ているという事。

スコアを読むとき僕の場合、初めは全体を眺めて概要を掴んでから
次に細部(ソロの楽器など)を読んでいきます。
作曲家が意図した事を感じられるようになるまで、じっくりスコアを読みます。

オペラなどテキストのある作品の場合はテキストから意味を見出す事が出来ますが、
通常の管弦楽曲では作曲された背景などを調べながら内容をイメージしていくのが普通です。

資料が豊富にある作品の場合はイメージは固めやすいですが、資料の少ない場合は
自分のイマジネーションの比率が高くなっていきます。

写真を撮っていて広角、標準、望遠など様々なレンズがありますが、
ある景色を広角、標準、望遠とレンズを変えていくと、全く違った景色が見えてきます。

スコアも一緒だなと、ふと思いました。

例えばフルートだけを読んでいっても調性さえ分からない事は良くあります。
視線を広角的にして他の楽器も同時に読んでいくと調性が見えてきたりします。

演奏側だけでなく観客側にも言える事で、良く知っている曲の場合は、
次にオーボエのソロが来ると分かっていれば、自然に耳はオーボエを捉えます。
これは演奏会での楽しみの一つでもありますね。

スコアを読む事は風景を見る事と同じかもしれませんね。
同じ風景でも人によって見え方は全然違ったりするのと同じで、
様々な解釈が生まれてくるのでしょう。

いずれにしても美しい風景は人を感動させます。

写真は俗っぽくなりがちですが、観光写真でもいけないし、
なかなか奥が深いものです。

写真論

日々写真を撮り続けていますが、専門に勉強した事があるわけではないので、
写真論や写真集を読み漁っています。

新しい知識の吸収は楽しいものです。

何となく気になったものを撮影していましたが、写真論を読むにつれて考えながら
撮影するようになってきました。

簡単に写真は二種類のタイプに分類されます。

一つ目は「決定的瞬間」

これはカメラならではのもので、シャッターを切った一瞬を捉えるものです。
どんなに頑張っても絵画では出来ないものです。
カルティエ・ブレッソンが有名です。
これは偶然もありますが、ある程度未来を予測してシャッターを切る事が多いです。
スナップショットに代表される方法です。

二つ目は「ニューカラー」
これは全てを演出して撮影するスタイルです。
ウィリアム・エグルストンが有名ですね。

それとこのスタイルで面白いのは当価値という考え方があります。

例えばフレームの中に四つの物が写っていたとします。
その四つ全てが同じ比重で表現されているという事です。
極端に言えば見ていて何となく面白いくらいにしか感じない事もあります。

広告写真はニューカラーの延長線上にあって商品のみを重視するところが違うだけです。

それとプンクトというものがあります。
プンクトとは写真を撮って予期なく画面の端に入らないものが入ってしまったり
する事です。

例えば被写体だけを撮影しようとしていたのに画面の端に他の人の足などが入って
しまった経験を持っている方も多いと思います。

ここがとても面白いところです。
普通は撮影する時に入らないものを排除しようといますが、
気にしないで、どんどん入れてしまいます。

とくに広角レンズでは画面の端に意図しないものが入ってしまう事が多いです。
よく広角レンズでの撮影が難しいと言われるのはこういう事なんですね。

ちなみに僕が今メインで使っているレンズは24mmです。
普通は28mmでかなり広角と言われるので、さらに広い範囲が撮影できます。

今はプンクトを否定しないで撮影しているので、とても楽です。
撮影枚数も増えました。一回で400枚以上は撮影しています。

荒木経惟や森山大道の作品をプンクトの概念を持って見てみると
新しい発見がたくさんあります。

音楽も一緒ですが、ある程度の知識は鑑賞の幅を広げてくれるんですね。

表現する行為

昨年末から外山滋比彦の著作を読みまくって色々と悩んでいます。

ちなみに外山滋比彦さんは「思考の整理学」で有名な方ですが、
本来は英語学者です。今では日本語、俳句の分野の研究で有名。

かなり昔に数冊読んだ事があったのですが、たまたま本屋で新刊に
出会い、出版されている著作をほぼ読了しました。
論理的な思考に脱帽しました。

外山さんから派生して物理学者の寺田虎彦(随筆家、俳人としても有名)も
読み始めて本業以外で素晴らしい仕事をしている人がいるんだと思い感動しました。

哲学まで手を広げてアリストテレスの「ニコノマス倫理学」で挫折。

二ヶ月近く新聞さえも読まない生活をしていました。

ずっと考えていた事は「表現する」とは何かです。

ちなみに今写真を撮りまくっていますが、
これは一つの答えです。

写真論などもたくさん読んではみましたが、所詮、机上の空論。

実践してみてこそ意味があります。

何で写真なの?

と疑問が生まれている方もいると思いますが、なんでも良かったんです。
絵、俳句、短歌などもやるのですが、写真が一番今の自分に合っていると感じたんです。

ようは音楽以外の事で何かを表現する事をしてみたかったんですね。

芸術って分野にはざっくり言って聴覚に訴えるもの(音楽)視覚に訴えるもの(絵画など)
の二種類に分類されます。文学もありますが、ここでは触れません。

嗅覚に訴えるもので芸術と言えるものは今のところ見当たりません。
アロマなどはリラクセーションの分野ですね。

音楽は仕事でやってきたので、写真(視覚)表現を極めてみたらどうなるか
体験してみたいと思っています。

自身で聴覚と視覚の表現の繋がりが感じられたら成功です。

もしかしたら演奏が変わるかも知れませんね。

楽しみです。

レトリックと比喩で詩にアプローチする

比喩には大きく分けて5種類あります。

明喩、隠喩(暗喩)、換喩、提喩、諷喩 

辞書で調べるとこれ以外にもあるのですが、
普通はこの5種類で十分ですね。

明喩 「〜のようだ」という表現で最も簡単な比喩です。
    例 彼女は花のようだ。

隠喩(暗喩)「〜のようだ」を用いないで言い切る比喩です。
    例 彼女は花。

換喩 言い表そうとすることを、それと関係の深いもので表現する比喩です。
   例 棒振り(指揮者) あだ名

提喩 総称語で部分を表したり、部分で全体を表す比喩です。
   例 山 富士山。

諷喩 たとえによって、それを表現する比喩です。
   例 朱に交われば赤くなる(ことわざ)

レトリックは修辞法の事ですが、現実にないものを表すことです。
比喩もレトリックのカテゴリーなんですね。
ただ、レトリックはポジティブに表現するのが原則です。これが大事ですね。

で、本題です。

アンサンブルエテルナの委嘱作品「やさしいけしき」の4曲目は「梢」です。
詩はまどみちお。
以下引用します。

かぞえきれないほどの
はっぱに なって
おしあいで 空をさわっている

さっきまで
じめんの下の くらやみにねて
空へのゆめばかり みていた清水が
幹から幹へ
幹から枝へ
枝から梢へと のぼりつめて いま

むかし 雲だったころに
まっさおに そまって
走ったり ねころんだりした
空を

虹だったころに
あふれる やさしさで
リボンをむすんだ
空を

雨だったころに
胸 とどろかせて
スカイダイビングした
空を

さわっても さわっても
さわりきれないもののように

です。
全体がレトリックで表現されています。
特に日本語ではレトリックが表現の幅を広げることが
可能なんですね。

最後の行では、明喩を使っていることがわかります。
最後だけというところがポイントです。


子供はボキャブラリが少ないので比喩的表現を多用します。
まどみちおは子供目線で詩を書いている詩人として有名ですが、
「梢」では緻密なプランニングがされていますね。

まどみちおの詩を読んで子供っぽいとか、思う方が多いと思います。
でも、本当はレトリックを使って子供の目線を表現しているんだと思います。
プロフィール

Yoshihiro Chiba

Author:Yoshihiro Chiba
指揮者、東京芸術大学講師。
オペラを中心にオーケストラや宗教曲もレパートリーにしている。

詳細プロフィールはこちら

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